2008年1月17日木曜日

馬肉屋のお話。

私が大学時代に公開されたギャスパー・ノエ監督の映画『カルネ』
馬肉屋を営む父と口の利けない娘の歪んだ親子愛を描いた40分の短編映画。
衝撃的な馬の屠殺シーンから始まるこの映画、独特のカメラワークと小気味よいテンポで話は進んでいく。
忘れられない映画のひとつだ。

パリで暮らしていた時、近所のモントルグイユ通りに馬肉屋があった。
このお店の前を通るたびに映画『カルネ』を思い出してしまうので、すごく気になる存在であったが、一度もお店が開いた姿をみたことがない。
いつも鉄格子のシャッターは閉まっているが、鉄格子の間からお店の中を覗き見ることができる。
お店の奥では青白い滅菌灯が不気味な光を放ち、大きな肉の塊がひとつだけぶら下がっている。
日によって肉のぶらさがってる位置や肉の大きさが変わっていたりするから、何者かが常に出入りしていると思われる。
その上、店内の配置が少し変わったり、ノエルが近くなるとツリーが飾られ、更に摩訶不思議なことにノエル前日にはツリーがお店の外に出てきたのだ。
全くもって不思議すぎる。
だから私は、毎日このお店の前を通るたびに頭の中でいろんな想像をふくらませてしまう。

ある日のこと、このお店の中で肉屋の服を着た白髪の老人が肉の塊を切っていた。
この日は後姿しか確認できなかったが、その数日後、遂にその老人の顔を見ることができた。

私はその老人を知っている!!
多分、数メートル先の肉屋のムッシュではないか!!

私はいささか興奮気味に、その肉屋に小走りで向かいお店の名前を確かめようとした。
馬肉屋の名前は『Julien Davin』。
肉屋の名前にその秘密が何か隠されているのではないかと思ったからだ。

肉屋のテントには『肉屋 JD』と書いてある。
馬肉屋『Julien Davin』のイニシャルではないか!

それから数日が過ぎた。
私は牛のお肉を挽いてもらおうと、この肉屋へ行った。
私の前に並んでたマダムもどうやら挽肉を買いに来たようだが「挽肉は売り切れだ。」と言われ、マダムは何も買わずに帰って行った。
私の順番になった。
「ボンジュール、ムッシュ。
私も挽肉を買いに来たのだけど、売り切れなの?」と、私。
すると肉屋のムッシュ、「マダム、あなたも馬肉かい?馬肉は売り切れだけど、牛ならあるよ。」と。
私は心の中で(正体みたり!!)と叫んだ。

それから更に数日後のこと。
馬肉屋から肉をのせたトレーを片手に例のムッシュが出てきて、鼻歌まじりに『肉屋 JD』に入っていく姿を目撃。
謎は完全に解けてしまった。

そんなムッシュの姿を見て、この3ヶ月ずっとずっとミステリアスにいろんな想像を膨らませてきた自分が急におかしくなってしまった。